Lunatic Baba Mの女性デザイナーについて、ファッションブランドを立ち上げるまでの経緯や想いとは?、ビンテージ反物へのこだわり、

古き良きを今に
反物で作る
新しい大人カジュアル

Designer

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こんにちは、Baba M です。

デザイナー「M」は学生運動の真っ只中で青春時代を過ごし、2020年、コロナ禍で72歳の誕生日を迎えた。現在飲食店を経営する彼女には、自らがデザインしたファッションを世に送り出すというやり残した夢があった。コロナ禍で自分を見つめ直す時間が生まれ、これまでの人生を振り返り、そのやり残した夢を実現すべく、自らを「ルナティック婆さん」(Lunatic  Baba)と称し、2020年末にファッションブランド「Lunatic Baba M」(ルナティック バァバ エム)を立ち上げた。

 

70歳を過ぎた婆さんが夢や目標を持つことをルナティックと言っているのではない。何故なら、誰しにもそれらを持つ権利があるし、そもそも夢や目標は、大なり小なり自分自身の中で自然に生まれるものだと思うからだ。それでは何故、Mは自らを称するのにルナティックと表現するのか?

それは、70歳を過ぎて夢や目標を持つことがルナティックではなく、いくつになっても自分の夢を追いかけ、実現しようと行動に移し、いくつになっても自分の人生にもう一章の物語を描きたいという思いからだ。

 

伝統や建前を重んじる京都で生まれ、厳格な両親の元で育ち、一流大学を卒業後、自由を求め東京に脱出。

学生時代にバイト先の帽子デザイナーの元でデザインなどを学んでいたため、そのデザイナーが原宿の伝説のフリーマーケット「ヘルプ」へ進出した際には店長に抜擢された。フリーマーケット「ヘルプ」は、のちに有名ブランドへと成長を遂げた「コムデギャルソン」や「45RPM」なども出店していたことで知られている。当時、最先端のファッション業界に身を置いていた彼女には、若い頃から多くの文化人達との交流の機会もあり、夢や野心も人並み以上にあった。帽子デザイナーであり親友でもあった「O」と独立し、原宿のど真ん中でパンクファッション専門店を開いた。その場所は当時、東京で最もオシャレと言われたカフェ「セントラルパーク原宿」も入る一角だった。現在、ラフォーレ原宿の向かいにある東急プラザ表参道原宿のある場所だ。

 

親友「O」はその後、業界では名の知れた帽子デザイナーへと成長した。長年に渡り紅白歌合戦に出場してきた大物歌手の帽子のデザインや、スタイリストとして活躍し、数年前に他界した。他界する直前まで、2人は夜な夜な飲みに出かけては語りあってきた。

 

Lunatic  Baba M のアンサンブルには、デザイナーMの価値観や人生観が詰まっている。いくつになっても個性的で、アクティブでいて欲しい。いくつになっても自分の夢や目標を追い掛けて欲しい。そんな思いの詰まったファッションブランドを目指したいとしている。

“It is never too late to activate yourself nor your dreams.”        — Designer M

Why Vintage TAN-cloth

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反物へのこだわり

紬(つむぎ)反物、それは日本の伝統的な絹や綿生地のこと。丹精に織り込まれた無数の糸が一反の生地になり、着物になり、そのシックな模様や肌触りが多くを魅了してきた日本固有の織物。しかし今やその多くがデットストックとして眠っている。着物を着こなすには手間が掛かる。下着に肌着、帯に足袋に草履。もっと簡単に紬反物を着こなせないか?反物の良さである一本布という特徴を生かした洋服が作れないか?

 

たどり着いた答えが…アンサンブル。

 

紬反物が醸し出すシックな雰囲気をアンサンブルで楽しんでもらいたい。帽子やブーツ、ジーンズなどと気軽に楽しんでもらいたい。そんな古き良き紬反物で、これからの人生を個性的に、自由に、開放的に楽しんでもらいたい。

 

ルナティック バァバ エムでは、いくつになっても人生を楽しく、そして個性的に生きてもらいたい。年齢や体系を気にせず着れるアンサンブルを提供することにより、より活発でルナティックな人生を謳歌してもらいたい。そんな思いで、世界に一つしかない、一点物の、自分だけのアンサンブルを提案してまいります。また、アンサンブルファッションをよりルナティックに着こなして貰えるように、帽子やスカーフ、アクセサリーなどもご提案していきたいと思います。